英語が出来ると何がいいの?ワタシの場合
8/5/20261 min read


英語が出来ると何がいいの?ワタシの場合
こんにちは。英検チャレンジ!吉祥寺わくわく英語です。
「英語が出来ると何がいいんだろう?」英語が分からないという状態であったことがないので、英語が分かると何がいいの?と聞かれても分からなかった、ということが最近分かった。
でもちょこっと考えてみよう、もし英語が分からなかったら自分がどう感じるであろうかを。
日本語は日本でしか通じないローカルな言葉。英語は世界で通じる唯一の言語。日本を一歩出れば日本語は通じない。英語が分からない、というとても小さな理由で途端に世界と繋がることすら出来なくなってしまう。世界に参加できなくなってしまう。
閉所恐怖症気味のわたしは自由を拘束されるのが一番怖い。どこかに閉じ込められると想像するだけでゾッとする。エレベーターが怖い。トンネルも怖い。英語だけは世界中で通じやすい。だから英語が分からないというのは不自由で恐ろしい。日本語という壁の中に閉じ込めらてしまうのはコワすぎる。息苦しい。特にこのネットワーク社会の時代に、英語が分からないというのはあり得ない。自由でいるために英語は必要だ。
それに、いまネット上のコンテンツの6割は英語。日本語が6割だったらよいのにね。もし英語が分からなかったら、英語で書かれた本や記事、ニュースが読めなくなる、英語のYouTubeも映画も分からなくなる。
でも「不自由」や「不便」が嫌だから英語をやるのではない。外国語をやる意味はそこじゃない。そんなことより大事なことがある。
英語が分からないと世界の人達が何をどのように感じてどう考えてどう行動しているかが分からない。他人のことなんかどうでもよい?他人のことなんか興味ない?それでは未来はないと思う。
日本ではこうだけど世界はどうなのか?
自分はこうだけど他人様はどうなのか?
世界ではこうだけど日本はどうなのか?
他人様はこうだけど自分はどうなのか?
世界の文脈の中で自分を考えるために英語は必須。
世界の文脈の中で日本を考えるために英語は必須。
自分の文脈の中で世界を考えるために英語は必須。
日本の文脈の中で世界を考えるために英語は必須。
自分の事、日本の事、他人のこと、世界のことを深く考える上で英語は必須であるということ。
「世界に発信するために英語は必需品」ということばかり叫ばれるけれど、世界を受信するためにこそ英語が必要だ。なぜって、今ある自分をいくら発信しても成長はない。外国語を通して知らない世界を、知らない価値観や考え方などを受信して、自分をもっとよくする、もっと豊かにする。そのために外国語をやるんだから。
ちょっと考えてみただけなのが大きな話になってしまった。


